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立ち位置

 こんにちは
人気撮影地の人出の密は、前から苦手でして人の少ない立ち位置を見つけて撮り鉄をします。
(2019.9.23 上越線)

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八木原の築堤

変換 ~ IMG_3844

敷島の築堤

ワンポイントで撮るとか俯瞰撮影をすれば密の鉄チャンは避けられますけど、
同じ趣味を持つ仲間達と会話するのも楽しいから難しいところです。
カメラ、三脚、暫らくはマスクも必需品ですね。
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平穏

 こんにちは
今年の3月迄の上州は汽車のある風景を見ることが出来ました。
一日も早く平穏な日々が訪れるのを願うばかりです。
(2020.3.7 信越線)

変換 ~ IMG_5667

変換 ~ IMG_5671

変換 ~ IMG_5678

撮り慣れた撮影地は、同じ様な写真になってしまいます。
でも、当たり前の事は、実は当たり前では無く、当たり前である事はとても有難いことなんですね。

96機関車(後藤寺線)

 こんばんは
現役蒸機の頃はカッコイイC62.C55機関車に魅了されました。
でも、段々と歳を重ねてくると96機関車に親しみと愛着を感じます。
(1974.2.18 後藤寺―船尾)

変換 ~ 追憶の汽車2_0010

地方の支線で活躍した96機関車はフイルムの一部分のコマに記録された方が多いと思います。
もし、あの頃に帰れるなら一番最初に逢いたい機関車なのです。

D60機関車(筑豊本線)

 こんにちは
プリントした現役蒸機写真も残り僅かになり、今回はD60機関車を選びました。
D50機関車を改造し5年間で78両製造したわりには、あまり話題にならない機関車だと思います。
小生達が九州を訪ねた時は、すでにD50機関車は運行されてなくD60が頑張っていました。
(1972.3月 筑前内野)

変換 ~ 追憶の汽車2_0012

当時の夜行列車を使う撮り鉄は疲れがたまり、撮影の合間は峠のレンゲ畑でウトウトと昼寝です。
夕方、筑豊本線の難所(冷水峠)に挑むD60機関車は頼もしく見えたのを記憶しています。

終着駅(美幸線)

 こんにちは
昨年の5月20日は宮之浦岳に登る予定をして屋久島に出かけた日でした。
しかし、記録的な豪雨のために予定を変更しモッチョム岳登山と森林軌道を歩き縄文杉を見て帰って来ました。
山は逃げなくても、体力と気力の衰えを感じるこの頃は残る難関な山に不安を抱くのです。
さて写真は、日本一の赤字路線で話題になった美幸線の終着駅の仁宇布です。(1977.2月)

変換 ~ 追憶のキhh

美幸線は1985年に廃線になり、今は一部の線路がトロッコ王国美深で使われています。

出発(室蘭本線)

 こんばんは
月日は早く最後の煙分補給日から約2カ月が過ぎました。
やはり自宅での給水補給は汽車撮影を終えてから呑むのが一番おいしいですね。
(1974.3月)

変換 ~ 追憶の汽車2_0013

爆煙のⅮ51機関車の写真は記憶の中では登別駅だと思います。
今宵は、大らかな時代の汽車の写真集を見ながら給水補給します。

17.7キロ(天北線)

 こんばんは
今は廃線の天北線は2度乗る機会がありました。
一度目は、夏の北海道へ鉄旅に行き日本一長い駅区間で96機関車を写した時です。
二度目は、現役蒸機の終焉後、極寒の2月に出かけコッペルさんと乗り鉄をしました。
(1972.8月 小石―曲淵)

変換 ~ 追憶の汽車2_0015

宗谷本線の南稚内でC55機関車の撮影後は天北線に乗ります。
下車した駅は、小石か曲淵駅かは記憶に残っていませんが
当初の予定は17.7キロ区間の中間地点まで歩いて行く意気込みでした。
しかし、眩しい日差しと暑さに挫折し適当な撮影地を見つけ程々に撮りました。

白い海風(函館本線)

 こんばんは
機関車の写真は、再び北海道に戻ります。
撮影地は、海に近い蘭島駅周辺の丘に登り雪景色の汽車を撮ります。
(1973.3.26 蘭島ー余市)

変換 ~ 追憶の汽車2_0005

当時の海岸風景は塩谷が紹介されました。
あまり知られてない撮影地を求めた小生達は隣の蘭島駅で下車し先ずは記念撮影。
その後、雪の丘に登ると色丹半島や美しい海岸線風景が眺められ超お得なロケ地の拾い物をしました。



待機(油須原)田川線

 こんにちは
今は、平成筑豊鉄道になった九州の田川線です。
人気のお立ち台の撮影が終わり油須原駅に帰ってくると
駅で待機する96機関車の重連を写す事が出来ました。(1972.3月 )

変換 ~ 追憶の汽車2_0011

当時の鉄旅は、大盛ライスを注文し醬油をたらして食いつなぐ日もありました。
96機関車の汽笛を聞きながら油須原駅前食堂で食べた白米と漬け物の味は今も忘れません。

変換 ~ 田川線重連

有名なお立ち台で撮った96重連+後補機

変換 ~ 追憶の汽車2_0002

大爆煙で通過する機関車も。

夕刻(筑豊本線)

 こんばんは
夕方の筑豊本線で残るフィルム一枚に集中して撮った一発必中写真です。(1972.3月 仲間)

変換 ~ 追憶の汽車_0003

初めて北九州を訪ねた時は石炭列車とボタ山の風景が残り、数多くの機関車が活躍していました。
有難い事に、SLダイヤ情報の本を調べなくても汽車が次々と走って来る贅沢な撮影地でした。

光と影(吉都線)

 こんにちは
現役蒸機写真は北海道から九州の機関車になります。
カラー写真は、まだ高価な時代でして持参するフイルムはいつも白黒でした。
カメラは手動巻き上げですから撮影本数は一日一本でほぼ済みます。
そして、今のデジタルカメラ連写と違い一コマ一コマていねいに写していたと思います。
(1974.2.23 西小林―小林)

変換 ~ 追憶の汽車2_0006

背景の山は霧島連山、
撮影記録を見るとこのお立ち台は二度訪ねていて6×6フイルムカメラの一発勝負です。
逆光の汽車の白煙は光と影を表現してくれ白黒写真の奥深さに改めて魅かれます。

流氷の駅(北浜)

 おはようございます。
以前に載せた釧網本線の北浜で同時に撮影したもう一台の二眼レフカメラの写真です。
現役蒸機の頃は今ほど観光地化してなく観光客より流氷の汽車を撮りに来る鉄チャン駅でした。
駅の近くには白鳥が飛来するトーフツ湖があり撮影の合間は白鳥見物して時間つぶしをしてました。
(1973.4.3 )

変換 ~ 追憶の汽車2_0003

汽車の背景の白いのが流氷です。

変換 ~ IMG_9280

こちらは上越線(2013.3.24) 小生の作風は今も昔も変わらない様です。
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岳人さん

Author:岳人さん
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地図と時刻表を見て出かける
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山と旅と鉄道の報告です。

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